木剣体操の発案者である中島賢三は自著「木剣体操法」の緒言の中で、自身が木剣体操を発案するに至った経緯を述べています。ここでは、それを紐解いてみます。

 

中島は、当時の日本について「殊に我が国の前途を見渡して今や大に同胞の体力を養うべき時である」と述べ、さらに当時の世相について「体操は学校に居る間にのみ行ふものといふ様な考でゐるものの多いには閉口する」と述べ、体操が学生時代だけで社会に出て以降は継続されていないことを嘆いています。

 

中島はその原因を分析して、

「自ら進みて行ふ程の興味あり且国民の気風にも合ふものでなければ教育といふ制裁が退いて後までの運動法とはなりがたい」

「用具の取扱がおっくうで動作を忘れ易い様なものでは善き術でも場所を選ばず何人にも容易に行ひ得るといふことはむずかしい」

「一度の運動に長時間を要する様では「時これ金」の世の中に多忙の職に従ふものの実行しがたいことである」

と述べています。

これは実に鋭い分析ですね。

現在、私たちが運動不足になっている時に使う言い訳そのままですよね。

 

そして、中島は緒言の中に、終生に渡って継続可能な体操となるために必要な条件を以下のように列記しました。

(一)自発的に行ふ程の興味あるものー意味をもてる運動にして品性陶治の目的を達し得へきもの (教育的)

(ニ)身躰各部の筋骨を十分に発育せしめこれを強健にし内部の諸機能を旺盛ならしむへきもの (生理的)

(三)国民の気風に適し元気をさかんならしむへきもの (歴史的)

(四) 用具簡単にして動作も容易なるもの (簡易的)

(五)短時間に十分の運動となるべきもの (経済的)

これまた、実に鋭く、且つ達見というべき分析でしょう。

 

さらに、続けて述べるところでは、

「児童の棒きれを好む事と「ステッキ」の流行せる事と日本人の日本刀に対する崇仰の思想と古来剣士の毎日木剣の素振(主として切返)を行ひ躰力武技を練ることを連想し豁然木剣の素振こそ吾人に対し最趣味ある最有効なる最行ひ易き最永続すべき運動法なれと覚りここに木剣体操を編述することに心を決したのである」

とし、木剣体操を子供向け体操の範疇を超えた国民体操とでも言うべきビジョンで発案したと述べています。

 

生活習慣病が蔓延している現代に置き換えてもそのまま通用する素晴らしい発想だと思いませんか?

現代医学で運動療法として用いられている色々な運動でこれらを全て満足させているメニューがどれくらいあるでしょうか。

 

私自身、普段の臨床の現場で患者さんに「運動しましょう」と連呼し、運動できていない患者さんについては「サボらないでちゃんと運動しましょう」と繰り返していただけだったことを反省させられました。

 

鳴かぬなら、の句でいうなら、

鳴かぬなら、鳴きたくなるように工夫してみたよ 木剣体操  (字余り😅)

とでもなるでしょうか。

 

先人が日本の将来までを見据えて考案した木剣体操、皆さん体験してみませんか?